【感動】「あの子なら、命かけてでも守れる自身がある」自分の命と引き換えに溺れた私を助けてくれた継母

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1: ファニーちゃん

命かけてでも守れる自身がある
「この人があなたのお母さんだよ」
と突然連れてこられた女性をあなたはすぐに本当のお母さんのように慕うことはできますか?!

今回ご紹介するのは、継母の優しさを知りながらなかなかな馴染めずにいた少女の物語です。
心を開くことも出来ず、なんとなく冷たく当たっていました。

そんなある日、運命を変える出来事が。
そして継母のありがたみを身をもって知ることとなるのです。

【以下本文】

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感動とか言うよりも、未だに思い出す度に後悔の気持ちでいっぱいになって自分自身が泣けてくる話を一つ…。

特に苛められたとかそういうことはなかったんだけど、 なんだか馴染めなくて、いつまで経っても「お母さん」と呼べないでいた。

私がまだ小学2年の頃、継母が父の後妻として一緒に住むことになった。

そんなぎくしゃくした関係だったけど、継母が私のために一生懸命だったことはよくわかってた。

小学校4年になった夏休み、私は継母の提案で二人で川に遊びに行くことになった。
あんまり気が進まなかったけど、 断る理由もなく言われるままにしぶしぶついていった。

現地に着くやいなや、私は継母のことを放ったらかしで川に浸かって遊んだ。

しばらく水と戯れてた時、急に深みにはまって溺れて息が出来なくなった。
すごく苦しかった。
でもそのうち喉の奥が「クッ、クッ」と鳴ってだんだん苦しくなくなってきて、意識が飛んだ。

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やばい、また涙が出てきた。
でも、今の自分を客観的に見るためにも頑張って続きを書きます。

気が付くと、私は病院のベッドで寝ていた。 一時心臓が止まって危なかったんだよと涙ぐんだ父が言ってた。

ベッドの傍に、継母はいなかった。
私は父に「あの人は?」と訊いた。

父は一呼吸置いてゆっくりとした口調で教えてくれた。
私が溺れた時に継母が服のまま飛び込んで私を助けてくれ、そのまま力尽きて下流まで流された。
その後救助されたものの、今も意識が戻らないのだ、と。


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私は次の日に継母のいる病室に行った。 継母は機械に囲まれて、いっぱい管をつけられていた。 彼女は、そのまま我が家に戻ってくることなく…。

葬儀が終わって母の遺品を整理してたら、鍵のついた日記が出てきた。
私は父と一緒になんとか鍵を探し当てて、日記を読んだ。

そこには私との関係に悩む継母の苦悩など、私のことばかり書いてあった。

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ずっと読み進めていくと最後のほうの日記に

「ちょっとはにかみ屋さんだけどとてもいい子。
あの子なら、命かけてでも守れる自身がある。
○○ちゃんを私に託してくれた△△(実母の名前)さん、本当にありがとうございます。」


継母は、あの日記を書いた数日後に命と引き換えに私を守ってくれた。

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いつだってとても優しい目で私を見てくれていた。
いつも私の目線と同じ高さになるように中腰になって話し掛けてくれた。

そんな気持ちはちゃんと伝わってきてたのに私はあの人に何一つしなかった。
愛情をもらいっぱなしでそれに答えなかった。
私は愛情どころかあの人の命まで奪ってしまった。


日記を読んではじめて、私は「お母さん!」と大声で叫びながら、声が出なくなるまでごめんね、ごめんね、と言って泣いた。
ぐしゃぐしゃになって泣いても、後悔ばかりで気持ちは晴れなかった。

年月が過ぎても、私は未だに「母」に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
数十年経った今でも夏になるたびに思い出す。

【本文ここまで】

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継母さんにとって投稿者さんは”本当の娘”のような存在だったのでしょう。
親にとって我が子は命をかけてでも守りたいというのが本望。

今ここに投稿者さんが残っている事、それだけで継母さんは十分幸せなはずです。
きっと投稿者さんの”想い”継母さんに伝わっていますよ。

せっかく自分の命をかけてまで守った娘。
そんな投稿者さんが涙を流していてはきっと継母さんも悲しみます。

どうかこれからは前を向き笑顔いっぱいの毎日を過ごしてください。
それを継母さんも望んでいるはずです・・・。


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