「祖母置き逃げた自分呪う」東日本大震災で祖母を残して逃げた女子大生。自責の念に駆られた彼女への回答に涙


今もその爪痕を色濃く残している、2011年3月11日に発生した東日本大震災。

いつもとい変わらない日常を、一瞬にして悲劇のどん底に叩き落としました。

逃げ場を失い、行き場を失い、家族や友人を失い、いまだにその悲しみや苦しみから抜け出せない人も多くいるでしょう。

今回ご紹介するのは、あの震災により家族を失い、今も苦悩の中にいる女子大生から寄せられた投書。

女子大生の悲痛な叫びと、心療内科の先生による回答に涙が止まりません。


「祖母置き逃げた自分呪う」




大学生の女子。

何をしていてもあのことばかりを思い出してしまいます。

あの日、私は祖母と一緒に逃げました。

でも祖母は坂道の途中で、「これ以上走れない」と言って座り込みました。

私は祖母を背負おうとしましたが、祖母は頑として私の背中に乗ろうとせず、怒りながら私に「行け、行け」と言いました。

私は祖母に謝りながら一人で逃げました。

祖母は3日後、別れた場所からずっと離れたところで、遺体で発見されました。

気品があって優しい祖母は私の憧れでした。

でもその祖母の最期は、体育館で魚市場の魚のように転がされ、人間としての尊厳などどこにもない姿だったのです。

助けられたはずの祖母を見殺しにし、自分だけ逃げてしまった。

そんな自分を一生呪って生きていくしかないのでしょうか。

どうすれば償えますか。

毎日とても苦しくて涙が出ます。

助けてください。

祖母を置いて逃げ出したことで自責の念に駆られている女子大生。

もしかしたら助けられたかもしれないという思いが、自分を一生呪うという言葉になったのかもしれません。

無残な姿になったおばあさんに、彼女は嘆き悲しむしかありませんでした。

あの時おばあさんは、どんな気持ちでお孫さんに「行け、行け」といったのでしょうか。

残された彼女の心の叫びに対し、心療内科の先生は心をこめて女子大生に語りかけます。


先生の回答




お手紙を読みながら涙が止まらなくなりました。

こんなに重い苦しみの中でどんなにつらい毎日かと思うとたまりません。

ただあなたは祖母を見殺しにしたと思っていらっしゃいますが、私にはそうとは思えません。

おばあさまはご自分の意志であなたを一人で行かせたのです。

一緒に逃げたら2人とも助からないかもしれない、でもあなた一人なら絶対に助かる。

そう判断したからこそ、あなたの背中に乗ることを頑として拒否したのでしょう。

おばあさまは瞬時の判断力をお持ちでした。

その判断力は正しくあなたは生き抜いた。

おばあさまの意志の反映です。

人はどんな姿になろうとも外見で尊厳が損なわれることは決してありません。

たとえ体育館で転がされるように横たわっていたとしても、おばあさまは凛とした誇りを持って生を全うされたと思います。

おばあさまの素晴らしさはあなたの中に受け継がれていることを忘れないで下さい。

おばあさまが生きていたらかけたい言葉、してあげたいことを、周りに居る人たちにかけたり、してあげたりしてください。

そのように生き抜くことが憧れだったおばあさまの心を生かす道に思えます。

おばあさんの意志により生かされた女子大生。

その生を全うしきることこそが、最もおばあさまの望んだ道であると語りかけた先生。

心に不覚った傷は簡単に癒えることはないでしょう。

ですが少しずつでいい、あの日おばあさんが彼女に託した「生」に向き合える日が来てくれることを願わずにはいられません。

この投書は震災から1年後に掲載されたものですが、Twitterへ投稿されたことにより、改めて多くの人に震災の悲しみを伝えました。



この投稿に対し、ユーザーからは多くのコメントが寄せられています。









あれから8年、被災された皆さんの心が少しでも平穏を取り戻していますように。

そして改めて亡くなられたすべての方へのご冥福をお祈り申し上げます。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ほかサイト様更新情報

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>