「”可哀想”という言葉は時に人を傷つける」ある父親が投書した相談内容に賛同の声


何か辛そうな様子の人を見ると、自然と「可哀想」と思うことってありませんか?

また、思うだけではなく「可哀想にねえ」と本人に言ってしまうこともあるかと思います。

確かにこの「可哀想」という言葉は一見すると心配しているようにも聞こえますが、時と場合によっては逆に人を傷つける可能性があるのです。

今回2人のお子さんがいらっしゃる父親がとある投書をしました。

その内容を見ると「可哀想」という言葉について改めて考えさせられるような内容だったのです。


父親が投書した内容







確かに何も知らない人が片足を引きずって歩いている子どもを放っておく親を見ると「子どもが可哀想」と思うかもしれません。

でも実際は子どもが頑張って歩きたいと言ったのをゆっくり見守っていたのです。

父親は息子さんの頑張りを「可哀想」という言葉で全否定された気分になったのです。

誰かを心配する気持ちというのはとても大切なものですが、その状況が悪いものではないこともあるのです。

実際にこの投稿を見た人たちからは…













最近は「親が子どもを叱らない」という指摘もありますが、叱っていると「可哀想」などと言われることもあります。

親として子供を見守るという行為に対し、そして何よりも子供の頑張りを「可哀想」なものに変えてしまうその言葉。

ついつい使ってしまいがちですが、改めて言葉の選び方について考えさせられる内容でした。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ほかサイト様更新情報

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>